「憲法9条は70年前に死んでいる」のか?-櫻井よしこ氏を斬る

「憲法9条があったから戦後平和が続いた」という人がいます。さらには、日本に平和をもたらした9条は世界に誇るべきだと、「世界遺産」や「ノーベル平和賞」に推薦する人たちもいます。
私はそんな声を聞くたびに、日本は一体いつまで、この知的怠惰に惑わされ続けなくてはいけないのだろうと暗澹たる気持ちになります。
「文藝春秋2015年8月号」より

「戦後70年 崩壊する神話」と題した文藝春秋の特集の中の一つ、櫻井よしこ氏の記事の冒頭部分である。
一体何が彼女を「知的怠惰で暗澹たる気持ち」にさせているのだろうか?

櫻井氏は「施行された瞬間から9条は機能していない」と言う。
なぜなら、「米ソ冷戦を始め、9条的精神とは真逆の世界情勢が当時から今日まで続いている」から。

この時点で、憲法前文にある日本国の命運を託す「平和を愛する」「公正と信義」に溢れる国際社会は存在しないことが明らかになったはずでした。9条の精神だけに頼るのでは、国家として最も大切なこと、つまり国民の生命と財産、そして領土・領海を守り抜くことができないと分かっていたのです。本来はこの時点で、国家は現実を見てできる限りのことを尽くさなければならなかった。

そして「70年も論理的に破綻した9条に固執するのはもはや迷信」と言われる。
さらには「戦後日本で戦争が起こらなかったのは9条のおかげではない」とまでおっしゃる。

果たしてそうなのだろうか?

櫻井氏は戦後の日本の平和は「日米安保があったから」という。確かに。「9条神話から抜け出すためには国際情勢の現状をしっかり見なくてはならない」という。
一見間違いのないように聞こえるかもしれない。

しかし重要な点を櫻井氏(ならびに多くの改憲派の方々)は見落としている。

「日本国憲法」が「アメリカから統治のために押し付けられた憲法」であるとすれば、それゆえにアメリカは日本を守る義務を負ったことは忘れてはならない。
9条(含む日本国憲法)があるがゆえに、日米安保が存在する。

9条があるということは、日本は世界最強の軍隊から攻撃されることはない、ということでもある。
多くの日本人にはあまり知られていないが、長らく(現在も)アメリカの仮想敵国の一つは日本である。

櫻井氏の世界観といえば、「地図を広げれば、東隣がアメリカ、西隣が中国です。北にはロシア」というものらしい。
間違いではない、が東隣と西隣の距離の差がすごい。
また黒船をアメリカとの邂逅とすれば、今年でたかだか168年の付き合いにしか過ぎないのに対し、中国とは紀元前からの付き合いがあり、いまさら言うまでもなく文化面でのお互いの影響も小さくない
そういう意味では中国こそ「お隣さん」であって、アメリカ本土は8800km先の太平洋の向こう岸である。

どちらと仲良くすることが「国際情勢を現実に即して考える」ことになるかは明らかだ。
そもそも敗戦によって「アメリカこそがお隣さん」と強制的にさせられたに過ぎない。(もちろん、隣人が良き人かどうかは別問題であるが)

櫻井氏は「9条の精神に頼っていては国を守れない」というが、9条の精神を守ることと、それに頼ることは別のことである。
いわんや「9条があるがゆえの日米安保」であるならば、日米安保に頼ることこそが9条に頼っていることになる。ところが櫻井氏も指摘の通り、現状日米安保が日本を軍事的に守っていることは事実である。
つまり9条に頼っているのは当の櫻井氏自身なのである。

「9条的精神」を全うしようとすることは、並大抵の覚悟では成し得ない。
それはとても「頼る」ようなことではく、「この世から戦争を絶対に無くさなくてはならない」という強い国民の総意が必要である。
「国土と国民を守る」と真摯に思えば、戦争をするという選択肢はありえない。
ならば「戦争を放棄します」という宣言は、圧倒的多数の人類の悲願であるはずである。戦争をして得をする人は、ほんの少しの限られた人々だけなのだから。

そして確認しておきたいことは、憲法とは「国家が国民の自由や権利を侵すことのないように定められた基本的な法律」である。私たちが守らなければならない一般法とは根本的に違う。
その意味では、現在の自民党の改憲草案はまったく「憲法とは言えない」。
ここではその是非を敢えて問わない。
選ぶのは、国民自身であるからである。(個人的には、自民党草案は論外だと思っている)

国民が国家に対しそのように命じたのが、「日本国憲法」でありその「9条」である。
それを世界に高らかに宣言したからこそ、日本は世界においても敗戦国であっても敬意を受けることができたのである。決して奇跡的な経済成長のためではない。経済成長だけであれば「エコノミック・アニマル」と揶揄され、精々がひがまれるのオチだったであろう。
それは与えられたとかどうかは、大した問題ではない。なにせ人類の悲願なのだから。

櫻井氏の言うような「9条神話」なるものは、むしろ改憲派の方々が信じているではないだろうか。

9条をなくすことは、日本から米軍がいなくなる、ひいては米軍のミサイルの目標に日本も加わる、ということである。
現在の沖縄の状況を鑑みれば、米軍の撤退は必定である。もちろん、日米地位協定も廃止の方向に行くべきである。
その点においては、櫻井氏とそのシンパの方々と私と意見を違えないように見えるが、実は違う。
見方を変えれば、アメリカは日本は独自にアメリカのために動くと判断した、とも言える。それこそがアメリカの長年の夢である。9条の呪縛ももはやない。
アメリカのために、日本に戦争をさせることが可能になるのである。

米軍を日本から撤退させて、かつ9条を維持することは可能なのか?
私は可能であると考える。

よく自衛隊は違憲である、という議論がある。
集団的自衛権と個別的自衛権があるが、現状の自衛隊は個別的自衛権にのみ活動が許された存在である。
自衛隊の存在が、国際的にこれまで一度も問題にされたことはない。
かの北朝鮮でさえ、問題にしたことはない。(北朝鮮は日本を敵視しているのではなく、日本に駐留する米軍を敵視している。そこは勘違いしない方がいい。つまり米軍が日本の駐留をやめれば北朝鮮も変わる可能性がある、ということである)
国防というものは「対外的なもの」であり、国際世論が自衛隊を許容しているという事実から、自衛隊の存在は認められているものと考えられる。

中国との関係においても、いま一度、尖閣諸島騒動を思い出して欲しい。
当時の石原慎太郎都知事が口火を切り、あれだけ騒いでいたマスコミが、どうして2014年の衆院選で自民党が勝利した後、ピタリと止まったのはなぜだろうか?
あの騒動で一番得をしたのは、一体誰であろうか?
日本と中国との関係に、小さな火種を維持したい人たちが、いる。日本と中国、双方に。

ここで予言をしておこう。
これから参議院議員選挙の7月10日まで、再び中国軍の尖閣諸島周辺、東シナ海での活動がマスコミを騒がすことになるだろう。北朝鮮は言うまでもない。場合によっては、北方ではロシアが加わることもあるやもしれない。
私たちはそれらに踊らされることなく、知恵をつけなくてはならない。

国防というもの、なにも軍事に限らない。外交こそもっとも有効な手段である。
それは経済とも密接に関連してくる。
いまや日本と中国は密接な経済的パートナーシップを構築している。それを自ら壊すことは、中国も望んではいない。
しかし、かの大国は大国ゆえに決して一枚岩ではなく、またその(莫大な)経済成長を目指せば、無理を通すことになりかねない。

だからこそ、経済の話が重要なのである。
「増え続ける」経済では、世界が立ち行かないことに気づくべきである。
国家が外に向かうのは、「永遠に続く経済成長」神話を信じているが為である。
そのバカさ加減に、いい加減気づくべきだ。
戦争をなくすには、経済システムを根本的に変えなくてはならない。そしてそれは資本主義でも共産主義でもない。
私たちの意識の転換こそが、それを可能にする。

逆に言えば、それだけなのだ。

かつての「一人っ子政策」の中国は、これから日本とは比べ物にならないレベルの「人口減少、少子高齢化」を迎えることになる。
その時に、いまの経済概念ではまさしく「大変なことに」なってしまう。
他国に一人っ子政策を押し付けることはできないが、中国も巨大な人口を養うためになにをするべきか、考えているだけである。
その時にこそ、良き隣人として日本が手を差し伸べるべきである。
そのためには、まずは自分たちの「少子高齢化」にどう対処するべきなのか、真剣に考えなくてはならない。それもまた経済問題である。日本がそれを無事に乗り越えたならば、それが未来の中国の役にも立つ。
これまでの経済論理が通じなくなっている時代に、同じ思考を繰り返しても意味はない。

櫻井氏は「人権、民主主義、国際条約といった私たちが信じる価値観を一つ一つ真正面から否定する相手」と中国を評するが、では私たちはどれだけ中国を理解していると言えるのだろうか?13.5億の人口を抱え、50以上の民族が暮らす国家を維持することを想像したことがあるだろうか?
何もかもが、日本とは条件が違うのだ。
もちろん、だからといって「人権、民主主義、国際条約」を無視して良い、とは言わない。
ただ相手の立場に立って考えることが必要である、ということを言いたいだけである。

櫻井氏はそんな相手が隣にいるからこそ、憲法前文にあるような「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という精神から「卒業しなくてはならない」という。
卒業した先が、卒業前より低学歴では意味がない。

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