3月11日の巨大地震と津波で壊滅的な被害を受けた福島第一原子力発電所で、炉心溶融(メルトダウン)という最悪の事態を回避しようと現場作業員が決死の作業を続けている。しかし、一部で放射線が人体に危険なレベルまで上昇、周辺住民に対する避難指示が拡大され、放射能汚染の恐怖が日本全土に走った。
福島原発事故の情勢は緊迫している。その要因の1つが、予測不可能な放射線レベルだ。15日、福島第一原発2号機で原子炉格納容器の圧力抑制室が損傷したとみられる爆発が発生、「高濃度の放射性物質を含む蒸気が放出された。原発周辺では高濃度の放射線量が計測されたが、すぐに低下した」」と、オレゴン州立大学で原子力工学と放射保健物理学を研究するキャスリン・ヒグリー(Kathryn Higley)氏は述べる。
国際原子力機関(IAEA)の調べでは、原発周辺の放射線量が1時間あたり最大400ミリシーベルトまで上昇したが、午後には0.6ミリシーベルトまで低下したという。シーベルトは放射線被曝による人体への生物学的影響を表す国際単位である。「400ミリシーベルトという量はかなり多い。一刻も早くその場から立ち去る必要があるレベルだ」と、ヒグリー氏は指摘する。
人体は年間およそ1~2ミリシーベルトの自然放射線にさらされている(世界平均)。また、1回の胸部X線検査で浴びる放射線量は約0.2ミリシーベルトになる。世界原子力協会(WNA)の報告によると、一般成人のがんの発症リスクは年間50ミリシーベルトを境に上昇する。
さらに、分・時間単位で大量の放射線に被曝すると放射線障害(急性放射線症候群)を起こす。福島の事故現場で、1時間あたり400ミリシーベルトの放射線を長時間浴びると急性障害を起こすリスクが高まる。
たとえば、500ミリシーベルトに2時間さらされると、1日の合計被曝線量が1000ミリシーベルトになり、急性放射線障害が発生する可能性がある。この量では嘔吐や血球数の減少に留まり、直接的な死には至らない。
5000ミリシーベルトを数分にわたって浴びた場合、適切な治療が行われなければ、被爆者の約半数が1カ月以内に命を落とす危険性がある。
事態が深刻度を増す前に、政府は原発から半径20キロ圏内の住民に対し避難を指示、 20~30キロ圏内に対しては部屋の窓を閉め屋内に退避するよう要請した。
◆現場作業員の決死の作業
16日現在で、福島原発では約330人の現場作業員が原子炉圧力容器に海水を注入し、放射性物質の排出を防ぐため燃料棒の冷却作業を進めている。AP通信の報道によると、一度に浴びる放射線量の上限を超えないよう、作業員は小さなグループに分けられ、約15分交代で作業にあたっている。だがそれでも、作業員らが無傷で済む保証はない。
日本政府の緊急課題は原子炉内の冷却である。「高温状態が続くと大量の放射性物質の放出に至る。これを防ぐために現在、海水による冷却作業に全力を注いでいる。燃料棒の温度が低く安定すれば、次の手立ても見えてくるはずだ」とヒグリー氏は語った。
◆放射能汚染の広範囲に及ぶリスク
「長期的には放射線降下物(フォールアウト)が懸念材料となる。この脅威は福島周辺には留まらず、人口密度が高く領土が狭い日本中に拡散する恐れがある」とウクライナ医学アカデミー放射線医学研究所の保健物理学者のヴァディム・チュマック(Vadim Chumak)氏は警告する。
ただし、これまでのところ、福島原発から漏洩した放射性物質は飛散の恐れがあるほど高度まで舞い上がっていない。「風や雨、海水の噴霧で抑えられている。静電気で建屋表面に付着している物質もあるだろう。放射性物質の広がりは、発電所の壁や低木、その周辺に限られている」とヒグリー氏は言う。
また、前出のチュマック氏は、「放射性物質が降下しても、ほとんどは比較的早く減衰する」と予測する。「安定状態に落ち着いた後は、長期間の隔離が必要になる。1年経てば放射線が対処可能なレベルまで下がるはずだ」。
この段階での主なリスクは、半減期が長く人体への影響が大きいセシウムやストロンチウムなどの摂取である。陸水両方の食物連鎖に取り込まれてしまうからだ。「農作業や食糧供給システムを大幅に変更しなければ対処できないだろう。だがこれは原発と違って制御可能な問題であり、まだ先の問題だ。取り組みの時間が政府には十分ある」とチュマック氏は述べた。
Photograph by Gregory Bull, AP