ノーベル経済賞受賞者であるポール・クルーグマン氏が3年前にアベノミクスを推奨する記事について、以前にも取り上げました。
先日、そのクルーグマン氏が訂正記事を発表したようです。
異次元緩和は失敗だった。クルーグマンの『Rethinking Japan』を読む=吉田繁治
結論を言うと「日本の量的緩和策、リフレ策は失敗した」ということが読み取れます。
リフレ派の理論的支柱、クルーグマンの心変わり
17年前の1998年、リフレ策を日本に最初に勧めたのはクルーグマンでした。当時の日本は、資産(不動産と株)バブルが崩壊した後の金融危機にありました。
インターネットで、気鋭のエコノミスト・クルーグマンの『流動性の罠』と題した論文を見つけ、メールマガジンで紹介したことを覚えています。日本は「日銀がマネー増発策をとることになる」という主旨の紹介でした。
当時翻訳はありませんでしたが、現在は、山形浩生氏が2001年に翻訳したものが公開されています。
※復活だぁっ!日本の不況と流動性トラップの逆襲[PDF]残念なことに、日本の経済学は、米国の経済学者が書いたものの“翻訳”です。物理学、化学、生理学・医学、文学の分野では24人がノーベル賞を受賞していますが、経済学では1人も出ていません。
このクルーグマンの『流動性の罠』論を、内閣府参官房参与(2012年12月~現在)に就任した浜田宏一氏が安倍首相に分かりやすく説明して紹介したのです。安倍首相は、これを「円を増刷すれば経済は成長する」と理解しました。
簡単に言うと、「日銀が国債を大量に買ってマネーを増発すれば、それが需要の増加を生んで、デフレからは脱却でき、経済は成長に向かう」というものです。
多数派の支持を得て政権に就いた安倍首相は、この論を政策として採用し、量的緩和は効果がないとして消極的だった白川方明氏に変えて、浜田氏が推薦していた黒田東彦氏(総裁)と岩田規久男氏(副総裁)を日銀に送り込みました。
これが「アベノミクスの発端」のようです。
記事では、専門的な数字がずらずらと出てきますが、正直申し上げて、そんな数字はどうでもよろしい。
なぜなら、クルーグマン氏は初めの前提から間違っているからです。
結局、グルーグマンは、
- 量的緩和は失敗だった
- 自分が日本経済の自然成長率は高いと間違えたための失敗だった
と言っています。
記事ではこのように要約しています。
私が注目するのは、この2番目です。
量的緩和が、目的とした効果、つまり2年で2%の物価上昇を招かなかった理由は、日本経済の本質に根ざすようになってきた需要の弱さによるのではないかという、クルーグマンの見解です。(p1)
クルーグマンは「需要の弱さ(demand weakness)」と表現しています。
しかしこれは明らかな間違いです。正確には「需要の飽和(demand saturation)」というべきでしょう。
つまり、「近代以降、私たちは本来生存していくために必要ではないものを生産し消費してきたが、それはお金を増やすためだけの目的である。しかしそれも限界に来ている」ということです。
クルーグマン氏の間違いは、「お金を増やさなければならない」という前提に立っている、ことです。
なぜお金は増やさなければならないのか?という議論はない。それが当たり前という暗黙の了解(わざと言わないのか?)に立っているわけです。そして私たちも(安倍さんや黒田さん含め)その立場に立っており、誰も疑問に思わない。
この新しい記事では、クルーグマンは自らの見通しの甘さを認めているわけですが、その失敗の原因(根本的な)を理解するまでには至っていないようです。
ここ数日、テレビでは中国の全人代関連のニュースが流れ、「ゾンビ企業」「構造改革」というキーワードが聞かれました。
今中国では、過剰に供給された不動産が問題になっているそうです。高層マンションが立ち並んでいる光景は壮観ですが、ほとんど空室だそうです。
政府はその空室を埋めるために、地方の農業従事者を都会に呼び寄せようとしています。いやはや。
必要もないものをどうして生産してしまうのか?仮にも、”赤い大国”中国で?
これこそ「需要の飽和」の典型的な例ではないでしょうか。
「お金を増やす」という思考だから、そうなるのです。無駄な資源を使い、無駄に環境も破壊していくことになるのです。
近年急激に「金融成長」した中国ならではの、分かりやすい例でしょう。
「お金は増やさなければならない」ことは、間違いではありません。なぜなら、今の中央銀行システムでは生まれた時から借金なのですから。それは資本主義だろうが共産主義だろうが変わりはないのです。
しかし、そんなことは「絶対に不可能です」。
現に、今の世界の状況は、実体経済に対して膨大に膨れ上がった貨幣(金融)経済が振り回しているようなものです。本来意味のない数字で、私たちの生活が振り回されているのです。
そんな簡単なことをクルーグマン氏は気づいていないのか?或いは知っていて知らないフリをしているのか?
いずれにせよ、彼の社会的影響の大きさを考えれば、その責任は決して小さいものではありません。
私たちにできることは、そのお金の仕組みをきちんと理解した上で適度な距離を持って付き合っていくことです。
お金を増やすことに囚われない思考を身につけていくことです。
お金が明日紙切れになったとしても、生きていける環境と心を日頃から作っておくことです。