【特別対談】内田樹×水野和夫
資本主義の限界とニッポンの未来〜経済が縮み続ける時代をいかに生きるか
常々僕が注目しているお二人が“ついに”対談!
内田 中国に限らず、消費動向というものは幻想だと思うんです。日本のバブルの時も、時給750円のラーメン屋のアルバイト店員が全額ローンを組んで、ロレックスの腕時計をはめていたものです。
それは、将来的に収入が増え続けるという幻想に基づいた消費行動で、本人の実力とは無関係。だからやがてどこかで行き詰まる。「爆買い」に走っている中国も同じです。
水野 中国がAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立するのも、「カネを貸すから中国製の鉄を買ってビルでも建てろ」ということでしょう。バブル時の日本の金融機関がそうだったように、AIIBはグローバルな規模で不良債権を抱える危険が高いと見ています。
水野 要は、世界中どこを探しても成長市場などなくなってしまったということです。’90年代以降の世界経済は、「3年に1度バブルが起こり、それが崩壊する」ことを繰り返してなんとか維持しているだけ。中国の場合は、リーマン・ショック後の不況を4兆元(約80兆円)という大公共投資でなんとか救ったわけです。
内田 バブルの後始末をするには、次のバブルをしかけるしかない。
水野 ええ、しかも次のバブルは前回より大きくなければいけない。
内田 ほとんど「バブルの覚醒剤中毒」ですね。もちろん、その中国バブルが崩壊すれば、日本にとっても他人事ではない。
「増えるお金」は必ず「経済の永続的な成長」を求めます。しかし、それは決して実現できないことです。
水野 先にも言いましたが、世界のどこを見ても「成長市場」がないわけですから、いまあるところからむしり取ることでしか、経済を維持できなくなっているのです。労働法を改正して裁量労働を拡大しようとしたり、雇用の流動化を図ったりしているのも、賃金を下げていくための仕組み作りでしょう。
内田 まず、一部が金持ちになると格差が生まれるものの、高所得者層の経済活動が活発化すれば、やがて低所得者層にも富が行き渡ると言われます。ですが、そんな見込みはないですよね。
水野 むしろ貧乏な人をさらに貧乏にさせることで、お金持ちは自分たちの地位を維持することを考えているわけですから。
内田 一部の欲深い経営者たちが自分たちの利益を増大するために、アベノミクスや労働法改正を支持するのはわかります。でも、生活が苦しくなっている国民の中にも、そんな安倍政権の政策を支持する人が一定数いて、高支持率を生み出していた。これは理解しがたかったですね。
水野 しかし、最近は支持率も低下傾向が続いていますね。
内田 国民がすでに安倍政権に飽きてきていますから。7月15日の衆議院特別委員会での安保法制の強行採決は、再登板後の安倍政権のピークになるんじゃないでしょうか。なにしろ憲法学者たちが違憲だと言っているのに、説明もろくにしないまま強行採決した。これほどの暴挙は、なかなかできるものではない。
水野 たしかに安保の話を持ち出したころから、経済政策に対する期待も低下した感があります。最近はアベノミクスという言葉を聞くことすらありません。
安倍総理のこれまでのパターンでは、こういう場合、景気刺激策によって経済面での支持回復を図りたいところなのでしょうが、それももう難しい。東京オリンピックをアベノミクス「第四の矢」だと発言したのも、結局他に手がないことの裏返しでしょう。
内田 以前、ある電機メーカーの人から、「半年に1回新製品を出して、その度にコストを削減するのがノルマだ」と聞きました。それが当たり前の社会は間違っていませんか。
水野 これからは、企業が利益至上主義からゆっくりと脱却していくのではと私は考えています。企業の付加価値は、人件費と資本維持の減価償却費、あとは利益。仮に利益を出さなくていいと決めれば、人件費は今の1・5倍にできるし、雇用も増やせるのです。
利益が増えないと株価が上がらないから株主は怒るでしょう。「俺たちはリスクをとっているんだ」と言うかもしれません。しかし、預金者だって金利はほとんどゼロ。しかも、預金は金融機関を通じて国債を買わされているから、株主以上にリスクも取っている。
内田 会社は利益を追求するものだと考えていますが、そもそもは、人が生きるために会社がある。そう考えるべきですね。
水野 企業が利益を出さないと税収も減り、1000兆円にもなる国の借金が返せないという意見があります。
しかし、国債は国にとっては借金ですが、国民からすると資産です。国民の預金で銀行は国債を買っているわけですから。国民が資産として持ち続けるなら、国債は永久にそのままでいいわけです。
内田 なるほど。
水野 資本主義が限界を迎えるいま、これからは世界的に「撤退戦略」が問われます。日本も経済規模が縮小するなかで、どう生きていくかを考えないといけません。経済史の視点で言えば、その参考になるのは戦後のイギリスでしょう。
内田 7つの海を制したイギリスが、戦後わずか10年の間に一つの島国にまで落とし込んでいった。それで社会保障負担の増加や国民の勤労意欲の低下という「英国病」が起きたわけですが、むしろそれくらいでよく耐えたと言える。
水野 イギリスは’90年代以降、再び経済成長することができたわけですが、これからの世界の国々が迎えるのはそのまま縮み続ける将来です。
内田 その縮み続ける経済を考える上で、日本の一つの未来の形は、やはり地方回帰だと思います。
その動きはすでに若い人を中心に広まっていて、2012年には9000人が自治体の移住支援を利用している。制度を利用せずに移住した人まで含めれば2万人以上という説もある。彼らは「地方で一旗揚げよう」というのではなく、「農業で食べていければそれでいい」と考えているんです。東京では食えないリスクがあるけど、農業をやっている限り、飯は食えますからね。
水野 カネ儲けばかり考えるのではなく、「縮んで豊かになる」思想が必要とされています。
「縮んで豊かになる思想」こそ、ここで僕が訴えたいことであり、藻谷浩介さんの「里山資本主義」との架け橋となるキーワードです(^_-)