願い続けること。

恐れていたことが、とうとう現実となってしまいました。

今何が僕に出来るのか。

現在、ツイッターやmixiを主に情報収集と情報交換をしています。
既存のメディアよりむしろ、より早くより現実的な情報が今のネットでは入手できるようです。
盛岡在住の友人は、本人と直接連絡は取っていませんが、どうやら避難所には行けたようです。

11日の東北地方太平洋沖地震発生より、今日で七日目の朝を迎えました。
現地では、物資があるにもかかわらずそれが避難所に届けられない、あるいは未だに孤立しているところが多々あるようです。
今更のことで何にも出来なかったのが悔しくもありますが、原発がなければ本来の震災救助に物資も人材も廻せたはずです。

福島第一原発での事故は今更ここで繰り返しませんが、はっきり言えることは原発事故は人災である、ということです。
それは、それを容認してきた私たち全員の責任です。
それを忘れてはなりません。

ネットでの意見をみていると、この経験を活かしてさらに安全性を高めて行けばいい、日本の技術力の高さなら可能だろう、想定範囲が狭かっただけだから、今後もっと広げればいい、という楽観論がみられます。
医者である友人は、核兵器や原発も嫌いだが核兵器を持つ周辺国にあっては最低限の原発もやむなしと考えていたという旨の投稿をしていました。(つまりいざとなったら日本も核武装できる、ということです)

僕が願うのは、みんなが自分のちいさな殻を打ち破って、大きく目を開き、現実を受け入れて欲しいということです。
(医師という立場は社会的にも重要で、本当に君には自分の中にある恐怖に気付いてそれに打ち勝って欲しい)
現実とは何か。
それは私たちが「人の命」と「己の欲望」を天秤にかけ、原発の恩恵に浴してきた、ということです。

僕も怖いんだ。

でも

生きなきゃいけない。

願い続けること。

私たちの意識、想念は深いところで繋がっています。
少しだけ、心を開いてみれば誰にでも実感できることです。
例えば、「虫の知らせ」とか、「101匹目の猿」とか。
何も出来ないわけじゃない。
願い続けること、それは決して無意味ではありません。
自分が幸せになりたければ、人の、全ての存在の幸せを願うこと。

僕は願い続けます。

コメント

  1. Broccobird より:

    yasoichiさんのお友達のお医者さんは、自分と似たような意見の持ち主のようで、気が合いそうですね。しかし、彼はそのようなニュアンスの投稿はしていないと思いますよ。マスコミ報道でもよくあることですが、全体の一部だけを取り出せば、真実を歪曲するのは容易だとはご存知のはずですね。

    「核を持たない軍事的弱小国が核保有国に『核を捨てよう』と言っても全く相手にされないのなら、こちらも核保有国という対等の立場に立った上で『一緒に核兵器を捨てよう』と交渉を持ちかける手はないか、というのが自分の考えの中にあります。」と自分は書きましたが、彼も同意見のはずです。核兵器を持ちたいのではなくて、核廃絶のために一時的に核保有することも検討すべきだと言っているのです。原発の維持はその延長線上のことです。この記事のURLは以下。
    http://broccobird.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/08/post_a13d.html

    原発反対、おおいに結構なことだと思います。しかし、原発だけに反対するのは「木を見て森を見ず」です。原発は結果であって、原因ではないのです。

    原発廃止には、核兵器の廃絶が先行していなければなりません。しかし、これにはしかるべき時期があります。数十万人の犠牲を出しながら核兵器を手にしたばかりの隣国を持つ状況では、彼らがすぐに核兵器を手放すとは考えがたいのです。時期を待たなければなりません。

    世界から核兵器が一掃されるまで、何年、いや何十年かかるか分かりません。核兵器が生まれてから60年以上が経ちますが、まだ廃絶に至らない以上、その険しい道のりはこれからも長く続くと覚悟しなければなりません。怖いからといって、うろたえて行動した結果、後世に悔恨を残すことのないよう、しっかり腰を据えて考えてください。自分は今はまだ核兵器廃絶までには時期が熟していないと考えていたので、原発が国防を考えるのに重要だという話をyasoichiさんの目に触れる場所でするのを避けてきましたが、今回の原発事故で原発反対派が勢いを増しているのを憂いています。

    「自分の国から原発がなくなればそれでいい」だなんて、そんな自分勝手な話にはまったく関心ありません。世界から核兵器を一掃するにはどうすればいいか。そのために、日本が使える手段は何か。原発がそこで重要な役割を果たすかもしれません。

    詳細は以下URLをご参照ください。
    http://broccobird.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/03/post_87a1.html

    まずは、yasoichiさんの恐怖を周囲に伝染させないことから始めましょう。繰り返しますが、原発は結果であって、原因ではありません。また、結果でありながら、原因を取り除く際には絶対に必要なものなのです。

  2. yasoichi より:

    「ボウリング・フォー・コロンバイン」
    あれはいい映画です(^_-)

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