お金を稼ぐことは悪いことなの?

最近、よく「引き寄せの法則」という言葉を耳にします。
どういうものか、ちょっと調べてみると「潜在意識に自分の欲求を根付かせ、それを現象化させる」というものらしいです。

「理屈」は、分かります。
私たちが普段「自分(アイデンティティ)である」と考えているのは、潜在意識にある情報を勝手に構築した「思考」にしか過ぎません。
乱暴に言えば、「思い込み」です。
潜在意識にデータを植え付けることによって、自分を「その欲求に向けて行動するように仕向ける」わけです。

肝心なのは、その欲求の種類とベクトルです。
どこに向かっていて、それが何をもたらすのか。

「引き寄せの法則」と同時に語られているようなのが、「お金を稼ぐことは悪いことではない」「お金を否定する気持ちに打ち勝とう」と言った類いの言葉です。
そして「稼いだお金を社会貢献に使えばいい、その社会貢献とは社会の富を増やすことが主であり、お金を儲けようとする心は決して悪くない」というものです。

現代の資本主義は、原則的に「借金によって構成されている」ものです。
中央銀行券は必ずプラスの「政策金利」がついた状態で市中銀行に貸し出され、一般銀行はさらに利子を上乗せして社会に還流させます。
また、信用創造によって本来「存在しない」「マネー」が生み出されます。
ですから、今私たちが何気なく使っている「お金」の本質は「借金」です。
そしてこの「借金」は、言い換えれば「永遠に続く椅子取りゲーム」です。
あなたが「儲ける」ということは、誰かが「貧乏になる」と同じ意味です。
みんなで一緒に仲良く「儲ける」ことは不可能です。
日本人が儲ければ、世界のどこかで貧困にさらされ、戦争の犠牲になる人が出てくるのです。

そしてその借金もいよいよ限界を迎えようとしています。
それが最近では常に噂の絶えない「米国のデフォルトの可能性」であり、「日本での膨大な累積赤字」であり、ギリシャやスペイン、アルゼンチンなどの「国家の破綻」です。
「お金がただの紙切れになる」は冗談ではないのです。

資本主義社会は、株式会社(とくに多国籍企業)の動向が大きな影響力を持っています。
株式会社もまた、「投資」という借金で構成されています。
株式会社の存在意義は、「投資家への配当」のためであり、それ以上でもそれ以下でもありません。
勘違いしてはいけませんが、社員の福利厚生も「投資家への配当」のためです。

以上の原理に則って、「引き寄せの法則」と「お金を儲けること」を考えてみましょう。

現代社会は借金で成り立っているわけですから、「経済成長」が自ずと義務づけられています。
これが「経済成長せよ、GDPを増やせ」という呪いの正体です。
「経済成長」とは「社会の富を増やす」ことであると、多くの人が考えると思います。
「社会の富を増やすことが、社会貢献になるのだ」と。
ここでの「富」とは、無意識のうちに「お金」のことを考えていませんか?

「お金」は「富」ではありません。繰り返しますが、それは「借金」です。
「富」とは、実体経済のことです。
そしてその“富”「実体経済」には限りがあります。地球は一つしかありません。あなたも僕も、二つにすることはできません。永遠に増やし続けることは不可能なのです。

「お金」は道具です。
本来「経済」を潤滑に流通させるための道具にしか過ぎません。
しかし、いつの間にか私たちは「実体経済」よりも「道具」の方に重きを置き、信用してしまっています。
「借金」なのに。
いや、借金だからこそ、なのです。「お金」が腐りも減りもせず、増え続けるからです。
だから腐ってしまう「モノ」よりも私たちはお金に執着するのです。

そして「お金を増やすこと」は「私たちの欲望を増大させること」でもあります。そうしなければ、現代の資本主義、言い換えれば「隠された借金に突き動かされている社会」は維持出来ないからです。
私たちの際限ない欲望が、消費活動を「成長」させているのですから。

しかし、地球上の人類全員が「ケモノの如く自分の欲望を増大させていったら」どうでしょうか?
(いや、動物は決して欲望を勝手に増大させはしないので、ちょっと失礼ですね)
繰り返しますが、地球は一つしかありません。自ずと「出来ること」は限られています。
しかし、「お金」は無秩序に「増やす」ことを私たちに求めています

資本主義は、限界を迎えようとしているのです。

あなたにとって現実とは、いったい何ですか?
商売を続けることでしょうか?
家族を養っていくことでしょうか?
確かにそうでしょう。しかし、それを「お金を儲けること」だと信じきっていませんか?

私たちが生きていくために必要なもの、それは「きれいな空気」「きれいな水」「安心安全な食物」です。
それら無くして、私たちは生存していけません。それこそが「現実」なのです。
しかし、「生きていくために必要である」と信じて「お金を儲ける」行為が、それらを結果的に破壊しています。
私たちひとりひとりには「そんなつもりは無い」。しかし現実はそうなっています。
どうしてこうなってしまうのでしょうか?

それは私たちが「呪いの正体」に気づいていないからです。
「呪いの正体」とは「増えるお金」のことです。現在の貨幣制度にはメリットだけでなく、デメリットが存在する、という事実です。

地球環境を守りたいと思うのならば、
アフガニスタンやパレスチナの子供たちが日常的に戦火に晒されることを憂えるならば、
アフリカの難民の人々に幸あれと思うならば、
福島原発事故が一日も早く解決するようにと思うならば、
学校教育の崩壊や少子高齢化で日本の将来を危ぶむならば、
政治の無能さにあきらめを感じるならば、
子供たちに自分たちが漠然と抱えている不安を受け渡したくない、と思うならば、
私たち自身が「呪いから解放」される必要があります。

呪いからの解放」とはなんでしょうか。
それは「お金に対して正しい知識を身につける」ことであり、「お金と知恵を保って付き合う」ということです。
間違っても「お金に対する正しい知識」を、「どうやったらお金を増やせるのか」とか「賢い資産運用」の話と勘違いしてはいけません。
繰り返しますが、「現在の貨幣制度にはメリットだけでなく、デメリットも存在する」ことをきちんと理解し、「お金を増やすこと(借金を返すこと)は私たちの潜在的な欲望を表面化させ、増大させている」ことをしっかりと認識することです。
そうしなければ現実は、近い将来破局を迎えるということです。「そんなことは無い」という希望的観測は、はっきり申し上げますが「自己中で無責任な現実逃避」です。

「そんなこと言われても、日々の買い物にお金は必要だ」
確かにその通りです。お金を使ってはいけない、と言っているわけではありません。
「知恵を保って付き合う」ことは、自ずと今の貨幣制度とは一定の距離を保つ、ということになります。
具体的には「必要以上のお金は使わない、持たない」ということです。
あるいは地域通貨などを併用することも考えられます。
しかしいきなりそんな生活にシフト出来る人もまた、少ないと思います。

ここで「引き寄せの法則」を有効に利用すればいいのです。
「引き寄せの法則」を「欲望を表面化させ無秩序に増大させる」ために使うのではなく、「お金にはデメリットがあり、私たちの過剰な消費活動が結果的に自分たちのクビを絞めている」というデータを潜在意識に「腑に落とす」ようにすればいいのです。

「過剰な消費活動」の例を挙げてみましょう。

「東京ディズニーランド」の一日の売り上げは、7億円とも10億円とも言われています。
「どれだけ儲けているのか」という話ではなく、「どれだけ使っているのか」に注目してください。
「ディズニーランド」の「商品」は言うまでもなくそのサービスですが、それは端的に言えば「現実逃避の場を与える」ことです。
私たちは「1日に10億円近くも現実逃避に使って」います。それが「現実」です。
「デフレ不況をどうにかしなければならない。そのためには経済成長が必要だ」と誰もが思っているに関わらず、です。
例えばアフリカや中東の人たちを目に前にしたとして、「もっともっと経済成長しなければ、困るんです」と僕はとても口に出来ません。今の日本で、きちんと経済が動いていれば、「必要とされているものが、必要としている人の元へ届けられ」てさえいれば、贅沢さえしなければ飢え死にはしません。

また、「健康食品市場」は2兆円規模まで成長した、と言われています。
6割近くの消費者が使用した経験を持ち、半数以上が2種類以上を併用、健康食品に年間1万2000円以上支出している人は実に4割に上っている、そうです。
食品だけでなく、エステやジム、書籍など「健康市場」は莫大な規模になっています。

また現代は車社会でもあります。
車を日常的に使うことで、私たちは「運動不足」をお金で買っていることになります。
運動不足解消に、ジムに通ったり健康器具を購入したりと、さらに無駄にお金を消費していませんか?

「不健康(多くは肥満)」になるために当然お金を使っているわけで、それは「余分なお金」が「ぜい肉に返還された」わけです。そして「健康になるために=余分なお金で不健康になったつけを払うために」さらにお金を使っています。

まさしく、「無駄なお金を使うために働いている」ということです。私たちは、自分が健康で幸せになるためにお金を稼いでいませんし使ってもいません。それが「現実」です。

「現実逃避」を求める、あるいは「病気になったり肥満になる」ということは、「ストレスを抱えている」ということでもあります。
その「ストレス」の原因は様々あるでしょうが、多くは「仕事からくるもの」言い換えれば「お金を稼ぐことと引き換えに受け取っているもの」ではないでしょうか。

誤解しないでください。現実逃避が悪いと言っているわけではありません。
生きている以上、誰でも現実逃避したくなることもあります。僕もそうです。人間だもの。
しかし、余計なストレスを抱えないようにできるし、現実逃避したくなることもまた減らすことは出来る、と申し上げているのです。

私たちが一生懸命働いて生み出した「富」が「ストレス」だとすると、悲しくなりませんか?
そんなことのために、私たちの人生があるんじゃない。そうは思いませんか?

繰り返しますが「無駄なお金をたくさん稼いで、使うことで社会貢献出来るわけではない」のです。

「働いて得た収入の何%を寄付すると決めている。寄付するために儲けるのだ」
お志は立派です。その気持ちを大事に育ててください。
その場合「どこに誰に寄付するのか」が重要です。よくよく考えて頂きたい。
そして、その志を全うすることにも、「お金のデメリット」が付いて回ることを忘れないでください。
あなたが「無駄なお金」を使うことで、その志をも無駄にしないでください。どうぞその「無駄なお金」も「お金があれば困らなくなる」人のために寄付してください。

「普通に暮らしているだけなのに、どこが悪いというのだ?」
現在の日本を始め先進国の暮らしは「普通ではありません」。経済の観点からも、歴史の観点からもごく稀な「例外」です。
私たちが現在の日本で「必要以上に贅沢な暮らし」が可能な一方で、世界のどこかにその犠牲になっている人たちが居る、だけでなく私たちの社会の存在そのものをも脅かしているということは知っておく責任があります

「お金」にいいも悪いもあるわけではありません。ただの道具なんですから。
しかしそれに「道具であること」以上に執着する私たちの心が問題なのです。
同じように、「お金を稼ぐこと」自体も悪いわけではありません。
しかし、「程がある」ということを忘れてはいけません。
「分をわきまえた」お金の稼ぎ方、使い方を私たちは一から学び直す必要があるようです。
私たちは「身の程を知る」必要があります。

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