「幸せの経済学」上映会を終えて

ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ監督作品「幸せの経済学

去る5月22日、宮崎市加江田にある「天空カフェジール」さんを会場に、44名のお客様にお越しいただきました。

事前の問い合わせも沢山頂き、また各方面にチラシの配布もご協力頂きました。ありがとうございました。今回は、遠くは延岡・日向から参加された方もいらっしゃいました。
18時過ぎより、上映開始。
オープニングが始まり、映画が徐々に進んでいくと、皆さん固唾を飲んで集中されていました。
上映時間は1時間弱とけっして長くはなく、しかし内容はおそらく“目から鱗”だっただろうと思われます。
グローバリゼーションがいかに私たちの生活を蝕んでいるのか、また同時に富める国と貧しい国はどうして存在するのか、果たして「経済的成長」は私たちを幸せにしてくれるのか。
さまざまな問題提起をしながら映画は進み、その解決の糸口はローカリゼーション、つまり食料だけでなくエネルギーや経済システムの地産地消にある、とします。

映画の中で僕が特に注目したい部分は、ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ監督がラダックに通い始めた頃、ある若者に「村で一番貧しい家庭はどこか」と訪ねたところ「この村に貧しい家庭は無い」と返事があったそうですが、10年後観光客が増え欧米の消費社会の洗礼を受けたラダックで同じ青年が「ラダックは貧しい、支援が必要だ」と訴えていた、というところです。
まさしく、「増殖する貨幣経済」によって人びとの欲望がふくれ始めた様子がうかがえます。
それは、以前の日本の姿であったに違いありません。

上映会後、交流会を持ちました。
20名ほどの方に参加いただき、まずは自己紹介。
関東、東北、東海地方から疎開されて来た方も参加されていました。
どうしても震災、原発事故の話題は避けられないのですが、物質的なことはもちろん、精神的にいろいろなストレスだったり、かつての人間関係が壊れそうになっていたりと様々な問題が表出してきました。

被災地に残られている方とこちらに来られた方との心の行き違いの問題では正直、どうやってお声掛けしていいのか分からない場面もありました。
どうしてこうなってしまったのか。
他人事ではなく、直接被害に遭わなかった宮崎に住む私たちこそが親身に考えなくてはいけないなと気持ちを新たにさせて頂きました。

その後も映画の内容に絡めて、様々な意見が交わされました。
このブログでは以前から経済のあり方については考察してきました。今回の交流会では、自分とは違う視点からの意見も拝聴でき、なるほどそういう見方もあるのかと勉強になりました。

普段の買い物も、外資系や大手の資本のお店ではなく、九州なら九州に本社のあるチェーン店、地元のスーパー、もっと言えば八百屋や魚屋を利用することで、地元のお金を出来るだけ地元で滞留させることが出来ます。
また、私たちが何気なく銀行に預金している行為も、その金融機関がどこに投資しているのか、つまり私たちのお金をどう運用しているのかを知っておく必要もあります。
場合によっては、私たちのお金が私たちの意思に関係なく、戦争に使われたり、世界の貧困を増長させてしまったりするからです。

そして地域通貨の可能性は、やはりよく考えておく必要がありそうです。
食料だけでなく、エネルギーと経済システムの地産地消が実現すれば、たとえ世界恐慌が起こっても、石油が無くなっても、原発が無くても、何の心配も無いのですから。

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